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裁判員制度について
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投稿者 メッセージ
くろかりん
ゲスト





投稿1時間: 2007年3月05日(月) 06:07    題名: 読売新聞に裁判員のニュースがありましたね 引用

3月4日付けの読売新聞に
裁判員制度をにらんだ「模擬裁判」のニュースが出ていました。
東京地裁での模擬裁判なのですが
裁判員はどうやら裁判官の意見に引きずられることが分かったとのことでした。
裁判官のみならず、同じ裁判員の中でも説得力のある人の意見にも
影響されるということになるでしょう。

さて、裁判員制度についてのわれわれの議論ですが
平行線ではなくスパイラル的にでも動いているようで安心しました。
ただ、裁判員制度を通して孤独な人が救われたり
議論が深まって行くというのが目的になるとすれば
わたしは、反対の立場に立たざるを得ないのです。

議論や交流を深めていくのは
「まちづくり」などの場であって
その成果が「裁判員制度」にも生かされるということであれば
りんごさんの意見とわたしの意見は極めて近い所にあるでしょう。

裁判員制度の教材ということでは
すでに多くのサイトが扱っていることですから
仕組みやプロセスについては理解が進むに違いありません。
しかし、この制度の問題の根本は
他人の人生への想像力が持てるかどうか、
という点にあるのではないかとわたしは考えています。
それは教材で学べることでしょうか?

人生について考えることも、
自分の行動の意味や価値について考えることも
倫理的、宗教的問題であって、
そのトレーニングというか、学びが必要なのではないかと思うのです。
それが何教であれ、何主義であれ、
心に何か聖なる場所がないと
他人の人生を容易に壊してしまうような気がします。

今日も徹夜なので
考えがまとまりません。
どうかご容赦ください。
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青森りんご@所沢
玄人さん
玄人さん


登録日: 2006年9月 04日
投稿記事: 439
所在地: 所沢市

投稿1時間: 2007年3月03日(土) 16:46    題名: 裁判員制度と教材ということでは 引用

教材を作るという仕事は、それなりに奥が深いものだと思います。
ほんとうによい教材があったなら、生徒の大きな意味での学力を
伸ばすことができます。

ところが、実際、学校で使われる場合、ほんとうにいいものではなく、
教師の指導の上にとって都合のよいもの、価格の安いもの、
あるいはずっと使っているもの、などで選ばれたりすることがよくあります。

裁判員制度が行なわれる場合、どういった教材が望ましいのか。
裁判のしくみそのものも、あまりよくわかっていません。

裁判そのものの例ももちろん必要だと思いますが、その前に、
まったく初対面で、環境が違う人間が集まって議論するという
ことにふだん慣れてはいません。
だれか、大きく主張する人がいれば、違うと思っても意見をいわない場合
も十分考えられます。

まちづくりでは、何か集まったときには、みんなが考えて発言する場面が
よくあります。活動の参加を呼びかけておりますが、まだまだ、参加してみよう
という人たちは多くはありません。

こういった場で、結論が出ていないもので話し合いができる裁判用の
教材としての映画なり、ビデオなりがあって
参加を呼びかけられるといいと思うのですが。

今はもう放送されていないのかしれませんが、「中学生日記」という番組が
ありました。ああいったものがあって、話し合いを重ねていったとき、
裁判員制度だけではなく、いろいろなことで役立つような気がします。

めんどうなことは誰かにまかせて、仕事にあるいは趣味に忙しい、と
いっていられない時代になったのだと思います。

拙い考えでも、口に出してみる、いろんな人の意見を聞いてみる、
あるいは他人の意見に反論してみる、・・・・・

会社などよく慣れた場所以外で、対等の立場で話し合うことが
必要だとと思うし、冷え切った日本の血の巡りをよくすることにも
なるのでは、と思います。

こうして、くろかりんさんと対話のようなことができるのもまた、
良いか悪いかは別として、教材となるような気もいたします。

ひとりごと、だけで暮らすのはつらいものだと思いますが
実質、ひとりごとで暮らしている人(耳を傾けてくれる人がいない)は
今の日本では少なくないと思います。

もしかしたら、裁判員制度とは、ちょっとすてきな制度ではないでしょうか。
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くろかりん
ゲスト





投稿1時間: 2007年3月01日(木) 21:28    題名: 教材作成について 引用

アルバイトになりますが、
高校生のための国語や小論文の問題を作ってきましたよ。
出版社と予備校の仕事です。
一人で考えて書いたり、
大学や予備校の講師連中と話し合って作ったりします。
大学入試問題もちらほら手がけています。
小論文が絡んでいるので
さまざまな分野にまたがって本を読み、考え、議論しています。
本業は別にあるのですが
このアルバイトは奥深く、楽しい面も多いですね。

りんごさんのご専門は数学だとか。
大学入試のときまでは勉強していましたが
最近はとんとご無沙汰している状況です。

教材を作るときに第一に考えているのは
生徒に考えさせること、現実に目を向けるようにさせることです。
知識や情報を仕入れて何とかなる問題には
できるだけしないように努めています。
そんな観点から、題材(小論文だと課題文)も選びます。
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くろかりん
ゲスト





投稿1時間: 2007年3月01日(木) 21:18    題名: 従軍慰安婦問題について 引用

問題提起と資料の紹介ありがとうございます。

従軍慰安婦問題はご承知の通り
本当に日本が国家として関与したのかという
事実関係から認識に食い違いがあり
いまだに問題解決にいたっておりません。

敗戦後、日本は、
植民地時代に設置した社会資本を韓国に譲渡し、
その後の日韓基本条約に基づいて巨額な円借款を行い、
さまざまな分野で技術を転移したことから
実質的には賠償は終了しているという意見もあります。

しかし、現実には、韓国人(北朝鮮の人びとも)は
戦争の被害に今なお苦しめられているのも事実で
これは国と国との間での条約や何かで
解決できる筋合いのものではありません。

たとえ日本が軍や国家として関与しておらずとも
若い女性が無理やり性の奴隷とされていたのであれば
当時の国際法に照らしても問題があると思われます。

従軍慰安婦の問題について
法的責任がたとえないとしても
国家として謝罪すること、何らかの賠償を行うことは
過去の悪しき行為を自ら断罪し
同じことを繰り返さない決意を内外に示すという意味で、
必要なことであると、私は考えています。

たしかに、被害者の証言の曖昧さなどの問題はありますが
要は、これから日本が東アジアで平和のうちに生き抜くため
国益として必要だと割り切っていくことも
時として必要かと思います。

植民地化は欧米もやっていた。
韓国もベトナム戦争では女性を奴隷化していた。
すべて事実であります。
しかしながら、日本は、私の愛する国であり
だからこそ高潔な道徳に基づいて
世界の中で固有の地位を占めてほしいと願っています。

それには、お金を払えばいいんでしょ式の賠償ではなく
心からの謝罪がはじめになければなりません。
そうすると、謝罪外交であるとか自虐史観であるとか
批判を受けそうですが
過去の過ちを認めず謝罪もしないという心の中で
真のプライドが生まれるとは到底思えません。

急に考えたものですから
乱暴な文章になったかと思います。
まずは、私の今のスタンスを書きました。
(今後、議論の中で変わるかもしれませんが…)
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青森りんご@所沢
玄人さん
玄人さん


登録日: 2006年9月 04日
投稿記事: 439
所在地: 所沢市

投稿1時間: 2007年2月28日(水) 16:25    題名: 司法に関わる文章はわかりやすいものであるべき 引用

ブログでも紹介させていただきましたが、私にもわかる慰安婦問題に関する論文を
見つけることができました。

http://www.alpha-net.ne.jp/users2/p39saku/Ianfu.htm
(最近、更新されていないサイトとのことです)



大変わかりやすいと思います。


参考書や問題集でも、例題の採り方は大切なことだと思います。

くろかりんさんはどういった分野の教材をつくられているのでしょうか。
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青森りんご@所沢
玄人さん
玄人さん


登録日: 2006年9月 04日
投稿記事: 439
所在地: 所沢市

投稿1時間: 2007年2月27日(火) 00:07    題名: 日本の孤立をめざす人たち 引用

格差が開いていくとき、なぜか強い国を目指そうとする人たちが
多くなっていくのかが、気になっております。

裁判ということで、従軍慰安婦について考えてみました。
もっと調べて、考える時間がいるのかもしれません。

業者がやったことで政府は関与していない、とのことです。
これだけ業者を規制し、あるいは業者と癒着してきた国が、
そういう論理で押し通そうとすることに情けなさを覚えてしまいます。

ならば、それがほんとうの国益なのかどうか、考えてみることも必要でしょう。

実際のところ、もしかしたら資料があって全貌が明らかになる
可能性が全くないわけではない、と思います。
なぜなら、延長線上に、当然そういうことをしただろうと
思わせる人たちを想像できるからです。

現在でもなお、援助交際や途上国で少女買春しているものを
本気で取り締まっているとは思えません。

証拠の隠匿も行なわれる場合がけっこうあるということです。

裁判の記録もすっきりしません。

http://law.leh.kagoshima-u.ac.jp/STAFF/uneme/senngo1.htm
民法でもわかりにくいままでは、裁判員制度は難しいことが予想されます。

人権というものを考えることにおいて、日本はかなり遅れているのではないでしょうか。

それゆえに、今、それが明らかになって格差が広がっていき、
社会問題も起きるのだともいえるかもしれません。

まとまっておりませんで、申し訳ありません。

繋がった問題に感じられることは確かですが、
盛りだくさんに書いてしまいました。
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くろかりん
ゲスト





投稿1時間: 2007年2月25日(日) 01:46    題名: 引用

お心遣い痛み入ります。

議論が元に戻ったようで…。

私は結局のところ人間不信であり
りんごさんは人間を信じてらっしゃる。
さりとて制度は始まるのですから
如何によりよいものとして運用できるかが
今後の社会的な課題となるに違いありません。

他人を裁くことは一見簡単なことであり
ネットでもいたるところで人を裁いている光景が見られます。
それが現実の裁判になると
突然、他人の痛みを考えるようになるかどうか
正直なところ今でも私には疑問です。

結局のところ、いくら考えても結論は出ないのですが
私には教育(広い意味の)がもっとも重要であると思えます。
すべての人間には固有の価値があり
また固有の価値を作る権利があり
つくることができるのではないか。
そんなふうに思います。
たとえ、その価値が自分自身にとってしか意味のないものであっても
また自分自身でさえ価値のないものに思えたとしても
それでも個々の人間には価値があると思います。

でも、そうは考えない人があまりに多いのです。
ネットを見ているから、余計にそう感じるのかもしれませんが…。

ともかく、私たちの議論では
他人を裁くことが問題なのだということが浮き彫りにされたと思います。
ひとまずこれで、裁判員の問題はおしまいにしてはどうでしょう?
「例題」がありましたら
具体的な問題としてとりあげ、
次元の違う議論が可能かと思われます。
ぜひご提案ください。

では
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青森りんご@所沢
玄人さん
玄人さん


登録日: 2006年9月 04日
投稿記事: 439
所在地: 所沢市

投稿1時間: 2007年2月24日(土) 22:30    題名: また、ゲストになってしまいました。 引用

        ↓
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ゲスト






投稿1時間: 2007年2月24日(土) 22:26    題名: 冷たい風が吹いている夜に 引用

徹夜続きではお疲れのことと思います。
できるだけ、睡眠をとられますように。

青森では、3月頃、雨が降ると、雨返しといってひどい吹雪となった
ことを思い出します。

どういう人でも最初から最後まで穏やかな一生というわけにはいかないようです。

私ぐらいの年になれば、意図しなくても、そういった何人かの人生を観察する機会を
得ることになります。自分のことはまるでわからなくても、他人のことはけっこうわかるという按配です。これは、主婦業を主として暮らしてきたせいかもわかりません。

人間が生きていくうえで、たとえ気をつけていても
どれほど人を傷つけていくものでしょうか。

もしかしたら、同数だけ自分も傷つくという定理のようなものが
成り立つのかもしれません。


他人を傷つけたくない、すなわち自分が傷つきたくないために
裁判員にはなりたくない ではなく

被告のそこに至る人生を見つめる
できるだけ納得できる判決となるように努める
傷つけることになっても、傷つけるあるいは傷つくその痛みを共有する

ぐらいはできるのではないか、と思います。

人が人を裁くということは、無理なことなのだけれど
必要なことであり、誰かが担わなければいけないものだ、
ということに、今まであまり考えもしませんでした。

ただ、どこかにも書きましたが、死刑制度には反対の立場で
犯罪被害者のもっと心の救済というものを社会が考えていく、
終身刑というものの導入、などが必要だと思っております。

冤罪をなくするためにも取り調べの透明性
(例外は認めるとして)も必要だと思います。

また、起訴、不起訴についての公平性も確保されるべきではないでしょうか。

裁判員になることばかりを考えますけれども、被告となることも
ありうるとして、社会全体で深い議論がされることを願っております。

それには、なにか例題のようなものが必要に思います。


きょう、子どもが残していった机の引き出しを明けることがありまして
ふと子どもがまだ家にいたころのことが鮮明に思い出されました。
子離れとは思いのほか大きな課題です。
さらにいえば、今は余生とも思えるほどです。

ほんとうに、他人の心の方がわかる気がいたします。
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くろかりん
ゲスト





投稿1時間: 2007年2月24日(土) 16:53    題名: ごぶさたしてました 引用

徹夜仕事が続いておりました。
睡眠時間を削って働かなければ飯が食えなかったり
だからといって仕事を断れば次がないというのが
日本の仕事の現実です。
わたしは経営者なので、自分が陣頭に立って働かなければ
誰も付いてきてはくれません。

誰もが傷つきやすい心を持っているというのは本当でしょう。
また、弱い人間は不要な存在でもない。
逆に、弱い人間のまわりに人が集まり
コミュニティや社会が形作られる。
そんなふうにも思います。

しかしながら、ひとを傷つけたくない
自分が傷つきたくない、というメンタリティを最優先すると
当たり障りのない付き合いしかできなくなりませんか?
むしろ、ひとは他人を必ず傷つけることを前提として
コミュニケーションの有り様を考えるべきでしょう。

裁判員から話題がそれました…。

裁判員は、もしかすると、その意見や決定で
ひとを傷つける存在になります。
だから、相手が悪人であっても
その人をを育てる心や、
人として、その加害者のそばにたたずみ
ともに地獄を歩むくらいの覚悟がなければ
単に大衆になりかわって
石を投げつける存在にしかならないと
私は危惧するわけです。

ではまた
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青森りんご@所沢
玄人さん
玄人さん


登録日: 2006年9月 04日
投稿記事: 439
所在地: 所沢市

投稿1時間: 2007年2月10日(土) 22:48    題名: すみません。私の投稿です。 引用

 ↓
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ゲスト






投稿1時間: 2007年2月10日(土) 22:42    題名: 今、激しい雨が降っています。 引用

言葉足らずだったような気がします。

心の形態がひよこを持った感覚を思わせる、あるいはそういう捕らえ方は
どうか、というだけでそれ以上の意味はありません。

老若男女、あらゆる人たちがひよこのような傷つきやすい心を持っている、
そう想像するだけで、世の中がだいぶ変わるような気がします。

だいぶ前のことです。都心に用事で出かけたお昼過ぎ、私は疲れて
ビル街のおすし屋さんで昼食を取ろうと思い、テーブルに腰掛けました。

そこにお茶を運んできた同じぐらいの年の店員が大きな湯飲みを
乱暴に置き、歓迎されざる客のように扱われたのです。

1980年代はじめのころでしょうか。それまでは、そんな思いを
したことがなかったので、はっきりと覚えています。

そのころから、日本の社会で、他人の心が見えなくなったのでは
ないでしょうか。
そのせいで、自分の心の葛藤を他の人間にぶつけることをしてしまう、
そういったことが多くなっていったのではないでしょうか。

まず、ジョン・レノンのイマジンのごとく、すべての人の心をヒヨコと想像して
ほしい、ということなのです。

それだけあれば、教育は効率のよいものにするぐらいで、子どもの自発性
を育てるべきだと私は思います。

ある時期から、子どもは自分で判断をして行動を始めます。
子どもが立ち上がり、歩き始めるのに感動するのと同じように
親として感動しました。

正社員で働いた場合、生涯賃金が何億とか、というのですが
お金より大切な時間を売っている、という認識は必要だと思います。
仕事をしても子どもと楽しく食事をとれるようにしたいものです。

過去をふり返るとき、家族で食卓を囲んだ思い出が最も幸福な
時間であった、と気づくのはだいぶ後のことです。
仕事上での達成感の方が優るという人は少ないでしょう。

雨がやんだようです。

大学での作文指導で、手紙はできれば夜書かないほうがよい、
と教わりました。
確かにそうかもしれません。
たしなみ、ということでしょうか。

ありきたりのことは書きたくない、けれども私小説を書いた作家の
ようには書こうとしても難しいものがあります。

せめて、激しい雨の夜に書いてみたら、と思いましたが
我ながら、つまらない文章になってしまいました。
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くろかりん
ゲスト





投稿1時間: 2007年2月10日(土) 00:50    題名: 徹夜が続いていました 引用

「ひよこ」できましたか・・・。

どんなに強そうなひとでも
心はひよこのように弱かったり
どんなに冷たそうな人であっても
心は温かさをもっているということでしょうか。
でも、比喩の理解よりも
その感覚で直感的に把握することがよさそうです。

ちなみにわたしは
夜店や田舎で触った程度ですが
インコの雛や生まれたての猫の仔は
いつも生活の中にいました。
命が生れ落ちてくる瞬間はとても感動します。

昨年の秋にはわたしだけになついていた猫が
朝、急なひきつけを起こしたかと思うと
見る見るうちに瞳がビー玉のように変わってしまい
そのまま死んでしまいました。

すみません、話がずれましたね。

心が「ひよこ」のようなものであるとすれば
なぜ、それが怪物のように肥大化し凶暴になるのでしょう。
わたしはいささか悲観主義者なので
「ひよこ」の生命のありかたの中に
すでに、あらゆる生き方への萌芽のようなものが
潜んでいると考えます。
何かを欲して我先に争う心のあり方は
雛のうちからあるように思えます。
ただ、ひよこは猛烈にかわいいだけではないですか?

ひよこの無垢な心をそのままにして
大きく成長するに任せるのでは
社会性は身につかないでしょう。
ですから、りんごさんの周囲にいる方たちのように
生き生きと暮らしながら他人に優しい人になるには
何が必要なのかと気になります。
今の学校教育にはそんなことが
ともすれば欠けているような気がします。

ちょっと疲れが出て(言い訳めいていますが)
とりとめがなくなってしまい申し訳ありません。
また気が向いたときにでも返信をください。
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青森りんご@所沢
玄人さん
玄人さん


登録日: 2006年9月 04日
投稿記事: 439
所在地: 所沢市

投稿1時間: 2007年2月06日(火) 23:10    題名: 行きがかり上 引用

どうも聖人君子じみた発言が多くなっておりますが、
どちらかというと、大雑把なおばさんですので、
その辺、あまり誤解しないでいただきたいと思います。

ひよこって手に持ったことがありますか?

私にとって人間の心のイメージはひよこを手に持った
感じに近いのです。

自分の心を守るのは容易なことではありません。
つい過剰に他人の心を傷つける、あるいはすぐ傷つく。

想像力を鍛えること、今教育に求められているのは
そういったことかもしれません。

幼児は豊かな想像力をもっているのに、現在の教育では
小さい枠にはめこんでしまっている、そんな気がします。
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くろかりん
ゲスト





投稿1時間: 2007年2月06日(火) 00:55    題名: 結局、「ひと」なんですね 引用

私も前略で。

手ごわい弁護士とお見受けしますが
私たちの議論はどうか互いを打ち負かすためのものでないよう
お手柔らかにお願いいたします。

私は瀬戸内で育ったので東北の冬を知りません。
ただ広島での少年時代、
原爆による小頭症のおじさんが
いつも笑うか怒るかどちらか一方で
ふらふらと町を歩いていたのが
原風景のひとつになっています。
原爆が「裁き」だとすれば
それはあまりに残酷なものだと思います。

ところで、地域活動で出会う女性たちのお話、
興味深く読みました。
彼女たちの人となりは
文章からしか窺い知ることができませんが
万が一、私が裁判を受けるとすれば
裁判員としてお願いしたいような方々だと思います。

そうした方々が裁判員として参加することで
「裁き」が、加害者を「悪」として罰することだけに陥らず
加害者を「ひと」と見て諭し、
心から悔い改めるのを促し、
やがては社会に復帰することにつなげ、
さらには被害者が加害者を赦すことの始まりとなれば
制度として成功かと思います

けれども、弱者の心を理解する
温かな心の持ち主ばかりではないので
私は裁判員制度には懐疑的なのですが
現実に裁判員制度が始まる以上
良き裁判員というか、良き市民を育てる必要は
あるのかと考えます。

りんごさんの周りには、そんな人たちが集まり、
それがますます良い人を呼び込んでいるのでしょうね。
どうすれば、そんな人が育つのでしょう?

私は微力ですが、子供たちへの指導や教材作成を通じて
単に知識で受験に立ち向かうのではなく
自分自身を根本から問い直し、
現実に立ち向かう術を説いてきたつもりです。

りんごさんには、どんな方法がありますか?
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青森りんご@所沢
玄人さん
玄人さん


登録日: 2006年9月 04日
投稿記事: 439
所在地: 所沢市

投稿1時間: 2007年2月05日(月) 10:18    題名: 裁判員制度というよりも 引用

前略でお願いしたいと存じます。

くろかりんさんは、ある意味では社会の様相に対して検事役をしているように思えます。
なので、できるだけ私としては弁護役みたいな話にしてみたい思います。

なぜ、公務員の汚職でキャリアに甘い判決が出るのか、を考えるとき、
権力に迎合するというよりも、被告をよく理解できるからなのだと
考えることができます。類似の環境で育ち教育を受けたものとして。

私が女子大生のとき、教養科目でレポート作成のため、青森の保健所で
出稼ぎの実態を聞いたときの衝撃は大きいものでした。
まず一家の主人が出稼ぎに出て、母親と子ども、年寄りが残される。
次に母親が出稼ぎに出て行く。子どもと年寄りが残される。
お金はあるから、買い食い、インスタントラーメンの生活が続く。

雪に閉ざされた生活の中で、その子どもの気持ちを思うとき
いたたまれない気持ちがしたものです。

でも私は学生運動にも加わらず、職業としての何かも選びませんでした。
模索はしていたのですが、違和感を感じていたのです。
体力にも精神力にも自信がありませんでした。

自分の経験からだけですが、男女について比較すると、
やはり産む性としての特徴はあると思います。

男は20歳前後から体力もあり記憶力の容量がふえるのに対し、
女は生理で抑制される(大雑把にいえば)ので、拮抗しようとすれば
かなり無理をしなければいけません。

ところがよくできたもので(笑)、地域活動でお目にかかる60歳代の
女性たちは、たいへんバランスの取れた考え方をもち、積極的で
社会に対する目も確かであると感じます。
もちろん、とんでもない迷惑おばさんの存在は否定しませんが。

組織にどっぷりつかっていなかったこと、
弱者として疎外された経験があること、
時間に余裕があって社会全体を見る余裕があったこと、
PTAなどの活動で組織運営の主となっての活動をしてきた経験があること、
さまざまなサークルをかけもちしていること、おしゃべりで見聞が広いこと
などなど。

裁判員の資格としては十分ではありませんか?
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くろかりん
ゲスト





投稿1時間: 2007年2月05日(月) 00:51    題名: レスありがとうございます 引用

書き込みありがとうございます。

おしゃべりのような自由さからこそ
真実が見えることも多々あるかと思います。
私もこうしたスタイルの話し合いは嫌いではありません。

りんごさんがおっしゃるように
日本人は裁判について考えてこなかったと思います。
しかし、それは、人を裁いてこなかったということではありません。

私がりんごさんを罵倒したように、
ワイドショーが事件の犯人のプライバシーを暴くように
世間話で他人の陰口をたたくように
たくさんの日本人が日常的に他人を裁いています。
ただ「ムカツク」という理由で
呪詛の言葉を石ころのようにして投げつけています。
そうした「裁き」には法の精神や人間愛が欠けているのは明らかでしょう。

さて、法廷での裁判については
りんごさんのご指摘のように
裁判官が世間知らずだということがしばしば言われています。
それゆえ、裁判員制度が有効だと考えられてもいます。
しかしながら、日常の生活で他者を無遠慮に裁く人が
裁判の場に臨んで、心がけを変えるとは思えないのです。
私は、それを懸念しております。
人が人を裁くことを何とも思わないというのは
寛容や共生といった、社会のあり方とは正反対のものです。

りんごさんが永山氏を思い出されたように
私は、闇米を食べずに亡くなった山口判事のことを思い出しました。
人を裁くことに自分の命と同等の重みを感じた方でした。
裁判員となるわれわれに、そうした覚悟はまだありません。

何か、良い案がないものでしょうか?

スウィッチがONになることを期待しますが
無理強いはしません。
マイペースでお願いします。
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青森りんご@所沢
玄人さん
玄人さん


登録日: 2006年9月 04日
投稿記事: 439
所在地: 所沢市

投稿1時間: 2007年2月04日(日) 22:22    題名: 「強く」思った理由について 引用

正直なところ、よくわかりません。
まるでどこかでスウィッチがONにでもなるかのようです。

裁判員制度について、あちこちに書いてあることは後で読んでみました。

最高裁判所の裁判官の国民審査というのはあまり意味がないようなのに
ずっと続いていて、それで国民の権利が守られている、という錯覚を
与える面がある。

あるいは、公務員の汚職の場合、キャリアに対しては寛大で、ノンキャリアには
厳罰に感じられる。

女性の裁判官が少ない、などは漠然と日頃感じていたことです。

なぜかと考えているうちに 永山則夫の名前が心に浮かびました。
あまりに重くて本は読んだことはありません。
でもなにぶん青森のことですから、その貧しさはよくわかっっているつもりです。

裁かれるべきは社会なのに、人を裁く苦しさ または 見て見ぬふり

もしかしたら、本当の悪人が、世間知らずの裁判官か自分に都合のよい
裁判官の方がいいと思って今の裁判制度を作り上げたのかもしれません。

いずれにしても、国民は裁判というものを考えずにきてしまったのは
確かです。

おしゃべりのような書き方になって申し訳ありません。


青森りんご@所沢が2007年2月07日(水) 11:08に記事を編集, 編集回数: 1
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くろかりん
ゲスト





投稿1時間: 2007年2月04日(日) 02:16    題名: りんごさんへ 引用

何が優先課題であるのかは人それぞれですからかまいません。
法学について知識も興味もないのも問題ありません。

では、なぜ
「裁判員制度について発言だけはしておきたいと強く思った」
のでしょうか?
そんなに重大な問題であるなら
その理由を知りたいところです。
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青森りんご@所沢
玄人さん
玄人さん


登録日: 2006年9月 04日
投稿記事: 439
所在地: 所沢市

投稿1時間: 2007年2月04日(日) 02:00    題名: まず 引用

弁解がましいのですが、私は法学についてあまり得意ではなく、と
いうか興味はなく、ブログとまちづくり活動を優先したいと思っております。

また、今週は忙しい状態にあり、そのなかではおそらく
くろかりんさんのいうような読み解いて、といったことは
丁寧にはできないと思います。

裁判員制度について発言だけはしておきたいと強く思ったのです。
不思議だと思われるかもしれませんが
直観で私流の議論はできると思います。

くろかりんさんの議論のご要望どおりにはできないことを
申し上げておきます。
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くろかりん(旧「通りすが
ゲスト





投稿1時間: 2007年2月04日(日) 01:14    題名: やってきました 引用

やって参りました。
「通りがかったので」改め「くろかりん」です。
管理人さんの掲示板でのご無礼、ひらにお許しください。

議論に入る前にお話ししておきたいことがあります。
私がりんごさんの書き込みを見て気になっていたことなのですが
たとえば、ここでの書き込みもそうなのですが
この書き方だと、まるで学校の先生が
「以下の資料を参考に、あなたの考えを自由に書きなさい」と
問題でも出しているかのように見えることです。
議論を始めるなら、りんごさんが資料を読み解き、
自分の意見をまず書くことがスジかと思います。

世の中のけっこうな数の人は
学校の先生が実は嫌いです。
上で書いたように、
質問を出して、相手に答えさせておいて、
論評や評価を始めるからという理由もあります。

このように言うのは、実は私も教師の経験があり
教師臭さを存分に持っており、それでずいぶん苦しんだからなのです。
今は、教えるというより教材を作成する方にシフトしているのですが
それでも自分が上から目線で物事を考え、文章を書いていないか
いつも気にしています。
気にしていないと、他の仕事での人間関係に差し支えがあるからです。

それはともかくとして、
まずは、りんごさんの考えを伺いたいです。
ちなみに今のところ私は裁判員制度には反対です。
ただ制度化されるのは決まったことですから
少しはマシなものにすべきだとは考えます。
その意味で、りんごさんのご意見に興味があります。
どうかよろしくお願いいたします。
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青森りんご@所沢
玄人さん
玄人さん


登録日: 2006年9月 04日
投稿記事: 439
所在地: 所沢市

投稿1時間: 2007年2月03日(土) 15:07    題名: 北欧の例について 引用

参審制と陪審制について調べてみました。

北欧の例が参考になるようです。
http://www.asahi.com/ad/clients/waseda/opinion/opinion114.html

裁判をよりよいものにしていこうという意欲が感じられます。
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青森りんご@所沢
玄人さん
玄人さん


登録日: 2006年9月 04日
投稿記事: 439
所在地: 所沢市

投稿1時間: 2007年2月03日(土) 07:51    題名: 裁判員制度について 引用

裁判員制度が重大な刑事事件だけというのが、よくわかりません。

はじめに民事とか労働問題などを扱う裁判のほうで参加してみて
あらためて裁判員制度はどうか、という形だと素人が参加するのには
ありがたい気がします。

よく考えてみれば日本という国は三権分立があいまいになっていたのですね。
フランスの例は参考になると考えました。
http://www.ritsumei.ac.jp/acd/cg/law/lex/95-56/nakamura.htm

考えてみるいい機会だと思います。
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